ダークシード・ストーリー
私はマイク・ドーソン。会社の名義の3分の1を持っているだけでなく,会社の取締役の会長でもあった。
その地位はそのまま権力と金につながっている。
しかし私は物を書きたいという強い衝動があった。
そして,そのためには自分の考えをまとめ捕らえどころのないインスピレーションを形にする,静かな場所が必要であった。
ある朝目にした新聞広告がすべてに問題をクリアしてくれた。
カリホルニア州ウッドランドヒルの,広く設備も整ったビクトリア建築調の家である。
オーナーは売りたがっている
騒音もない,競争もない,しかも二束三文の値段である。
恐らくこの価格では利益はないのではないだろうか。
いずれに白,安値は二の次だった。小説の執筆には理想的な環境だった。
後日,出張のついでにウッドランドヒル郊外まで足を伸ばした。
つまらないトラブルのせいで飛行機が後れ,その家につく頃にはもう日も暮れて,私にはざっと見る時間しかなかった。
夜に見た家は,非常に大きく,静かだった。それさえわかれば十分だった。
私は,すぐにこの家を買おうと思いながら旅を続けた。
不動産やのビバリーが電話してきた頃には,もうこの家を買うつもりで居た。
しかも一週間以内に引っ越してくれるなら、売主が引越料を払うという。
彼女は設備や電話も使えるようにしておくといっていた。
この申し出は条件がよすぎる。
私は少し考えた。不動産屋が熱心過ぎる様に思えたのだ。
私は,前のオーナーが何故この家を売りたいのかとたずねた。
長い沈黙があり,その愛だ彼女の息遣いだけが不気味に聞こえた。
それから彼女はあいまいな言い訳をした。「彼には家族の事情があったのです」
そしてビバリーは,この家が,こんなに古い作りの割には,きれいに修理されていることをしきりに説明した。
私は,もう少し詮索したかったが,あの家は素晴らしい環境にあり,それだけで十分だとも思えた。
私は,急いで抱えている仕事に決着をつけ,共同経営者たちに私の考えを打ち明けた。
いやいやながら彼らは一年の休暇を承知し,私は,彼らの法外な給料をさらに値上げして彼らをなだめた。
数点の身の回り品とお気に入りの家具は,運送やにまとめて送ってもらうことにした。
私が到着する日に新居に配達されるだろう。
ウッドランドヒルに行く準備は整った。
あの小さな空港からタクシーをよんだ。
「ベンチュラ通りの古いビクトリア調の家まで。」と。伝えると,運転手はあからさまな動揺を見せた。
「どうしたのか」と尋ねると,彼は,「ただの偏頭痛です」と,感情のない声で言っただけだった。
街の人たちは,もっと普通に対応してくれるだろう。たぶん
しかし,そうではなかった。
ウッドランドヒルの狭い道を走っている間中,私は,道を歩く人々の凝視や,こちらを伺う疑い深い感情にさらされた。
…・奇妙な町だった。
私の買った家が,町のはずれにあるのは幸いだった。
私は運転手に,もっと早く,とせかして,町を通りぬけた。
残念なことに,私の新居は町から思っていたほど離れていなかった。
しかし,この新居は木々に囲まれていて,プライバシーが保たれている。
昼間,この家を始めて見て,私は回りのものに対する不信が些細なものに思えた。
この家はぽつんと建っていて,周囲とつりあわないというよりも,ほとんど合い入れない様にさえ見えた。
家の周囲には絵画の様に家を縁取る沈黙のベールのような不吉な空間が見える様だった。
手を入れて修繕はしてあるのだが,何十年も誰もすんでいないように見える。
しかし,私はその大きさに感心し,アンティークなたたずまいに感動した。
私は,信じられないほど簡単な,たった一晩の取引でこの家を買った。(私はそれについて,
彼女にありがとうを言うつもりだっった)
私はタクシーの運転手に金を払い,入り口の階段を上った。
大きなオークせいの二重ドアが,簡単に開き,広い玄関のホールに出た。
玄関からのドアのひとつが,飾り立てた今に通じていた。
数々のアンティーク家具や装飾品の中に,気味の悪い肖像画があった。
それは恐ろしいほど美しい,若い女性の絵だった。この世のものとは思えない不思議な美しさであった。
くらい色調と,ぼんやりした背景が,指すような目を持った青白い顔を引き立たせていた。
この絵の女性は誰なのだろう。
不意に私を,波動が襲ってきた。
その瞬間,この誰も居ないはずの家に,人の住んでいるような気配を感じて驚いた。
それは波動ではなく,音だった。どこかで,誰かが,壊れた犬笛を吹いているような,
ほとんど感知できないほどに高い,すすり泣くような音。
それは,聞こえるというよりも,私の頭の中から発する,ブーンという振動の様だった。
私の目はどんよりし,口はだらしなく垂れていた。
疲れた…・・。
単に疲れただけではない,突然疲れが襲ってきた様だ。まぶたはサンドバックの様に重く,舌は綿の様だ。
どこかに寝室があるに違いない。
手探りで階段を探しながら,不動産屋をまとうかと考えた。彼女の名はなんといっただろう。
居眠りをした。
彼女の名前は?彼女には名前がなかった。私が聞かなかった。いや,私は聞いた。思い出せないだけだ。
変だ……。
彼女が来たら、名前を聞こう。今はとにかく眠ろう。ベッドを見つけなければ。
私の荷物はどこだ?運送屋はどこに入れた?運送やは来なかった。それも不動産屋に言わなければ。
いくつかドアを開けて,ようやくベッドルームを見つけた。
私は崩れ落ちる様にして頭からベッドへ倒れこんだ。
しかし,不動産屋が来たら,忘れずに起きなければならない。が,それまでの,ちょっとの間だけ眠ろう。
すすり泣くような音が突然大きくなり,まるでうなりごえのように聞こえる。
それは,ガランガランというものすごい音と,私の脳に直接落ちてくる滝のような音が合わさった,不快なノイズだ。
眠り。
誰かの,聞いたことのない声が,私の頭の中で眠れとささやく。
眠れ眠れ眠れ………。